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基調講演
『企業イノベーションとMOT教育』

株式会社日立製作所フェロー 中村道治 氏
株式会社日立製作所 フェロー
中村 道治 氏

1.日立グループの生い立ち
日立は、久原鉱業日立鉱山工作課長小平浪平によって、1910年久原鉱業所日立鉱山付属の修理工場として創業した。「技術を通じて社会に貢献する」を創業の理念とし、自らの技術「国産技術」によって、「もの」をつくることを志した。この中で育まれ、受け継がれてきたのが、「和」「誠」「開拓者精神」からなる日立精神である。
1920年代から1940年代にかけて、電気機関車、エレベーター、電気冷蔵庫、電話自動交換機、交流発電機などの基幹事業を成長展開させ、さらには買収、吸収合併、事業所譲受による事業の拡大を図った。戦後、1950年代から70年代にかけては、エレクトロニクス分野、情報分野に展開し、素材事業、情報事業の再編とグループ事業の拡大を図った。
日立グループの2006年度の売上高は、10兆2,479億円で、社会基盤事業、産業基盤事業、生活基盤事業、基盤技術製品事業、情報基盤事業などからなる。約35人のCTO、5,000人の研究者が中心になって、グループシナジーを発揮し、お客様や社会の要請に応えようとしている。

<企業環境に変化に対応した技術経営>
1990年代から2000年代は、失われた10年といわれる時代であったが、変化をチャンスにすべく、新しい技術経営システムの構築を図った。基礎研究と産業競争力との乖離、いわゆる「死の谷」の克服に関しては、事業部門の技術力強化のために、研究部門から事業部門への人員のシフトを行う一方、コンカレントエンジニアリングを重視した。また、ソフトウェアなどの知的財産の重要性を欧米企業との係争の中で体験し、これを重視する文化を育てた。技術開発力は企業の根幹であり、現在は、基礎・先行研究の再強化、プラットフォームの拡充、開発スピードの改善のために、マトリックス経営、協創、産学連携に取り組んでいる。

<ビジョナリーカンパニーを目指して>
企業は明確なビジョンンのもとで行動することにより、社会から認知され、従業員から信頼される。会社の軸がブレないことが、長年にわたって優れた企業であり続けるための必要条件である。日立の企業ブランドは、総合技術と信頼であり、製品の信頼性を高めていくことが、社会的使命感の共有に繋がり、地球社会を支えていくことになる。さらに、野武士精神で表される挑戦し実行する社風、長期的視野での経営、○○さんとさん付けで呼び合うことに象徴されるフラットな組織などの企業文化が培われてきた。今日の新しい経営環境の中で、「グローバル化」「協創」「機能つくり」を新しい日立の文化に定着させようとしている。

2.21世紀の社会のニーズに応える電機産業
グローバルな世界で尊敬される国になること、そのためには社会の潮流、2025年の日本の姿を想定し、イノベーションの創出を後押しする多面的な施策群がある。これらは、内閣府で取り纏められた「イノベーション25」や経済産業省で取り纏められた「イノベーション創出の鍵とイノベーションの推進」などに詳しく分析されている。特に電機産業は、研究開発の重視、知の統合と活用、グローバル連携、イノベーションを生み出す人材の育成を通じて、社会に貢献していかねばならない。また、人口問題、環境・エネルギー問題、情報爆発を踏まえて、産業の次の牽引力となり、21世紀の社会ニーズに応える大型製品を生み出していくことが、技術経営において重要なテーマである。
21世紀の電機産業においては、内外の大学や他企業と共に「知の協創」、そして、生活者、コミュニテイ、企業、公共とともに「価値の協創」、この二つを行なっていくことが企業活動のモデルになる。すなわち従来からの企業活動に社会との協創をとりいれた活動を行なうことになる。

3.21世紀型企業経営を目指して
日立は、グローバル経営戦略として、海外売上比率を現在の40%から50%以上を目指す。そのために、現地へ権限委譲を行い、地域総代表・地域本社制を採用する。世界全域、北米、欧州、中国、アジアのそれぞれにビジョンを立て、グローバル事業を展開する。 イノベーションの源泉は科学である。産学連携成果を事業ポートフォリオに取り込み、大型の共同研究を行うことによってインパクトの大きい成果を求める。このために、大学との連携は、従来の個人プレーからチームプレーに、そして成果を約束した(マニフェスト)型へと移行している。また、人材育成など包括的な相互協力を図っている。
CVC制度は、ベンチャー企業への戦略的投資を通じたビジネス機会の拡大と、ベンチャー精神を啓蒙して、社内R&D部門へのフィードバックを狙いにしている。日立の将来事業の布石となる技術・事業を持っている会社を対象に、直接投資とファンド(間接)投資を行っている。日米のベンチャー企業の活動は、規模的に1桁以上の格差があるが、CVC活動をもとに「協創」を通じて、ベンチャー企業とのwin-winの関係が増えることを期待している。

4.研究開発の目指す方向
研究開発のOUTCOMEは、(1)基幹事業の新展開、(2)新事業育成、(3)基盤技術プラットフォームの充実である。そのための施策は下記のようになるが、先行性と信頼性が重要である。

  1. 事業戦略ロードマップ、技術長計の毎年見直し
  2. 経営資源の戦略的投入
  3. プロジェクトの可視化(戦略プロジェクト、特別研究の推進)
事業部門で着手困難な新事業の育成は、コーポレート部門の代表者からなる新事業創生委員会により推進する。新事業プロジェクトを発足するかどうかは、技術、市場、収益性を評価して決めるが、最終的にはリーダーの人物で判断されることが多い。最大限の努力(「Best Effort」)をすることが重要である。仮に新事業として成功しない場合も、その結果は必ず報告書にまとめることを義務付け、次からのプロジェクト立ち上げの参考にする。「Best Effort」を行った場合は、うまく行かなくとも担当者の処遇には影響させない。

5.世界に通用する人材の育成
日立精神である「和、誠、開拓者精神」の継承のために、OJT、Off-JT教育を組合せ、技術者の人格形成、創業型人材育成に注力している。
日立では博士号を持つ日立関係者の会として「返仁会」がある。会員総数2,231名で、このうち現役(正会員)は1,218名である。これからの研究開発においては、世界に通用するレベルの高い研究を少数精鋭で行うことが望ましく、研究者が博士号を持つことの意味は、これまで以上に高まっているといえる。レベルの高い研究者でないと、世界をリードできない。

<目指す人材像「事業開発インテグレーター」>
社内技術教育で最近注目を集めているのが、ACE研修である。この研修では、若手技術者を、下記のような創業型人材に育成する。

  1. 新しい事業を構想立案できる人
  2. その事業を実現するための開発リーダーとなれる人
  3. 多岐にわたる技術や人を一つの目的にインテグレートできる人
このACE研修のポイントは、
  1. 構想立案能力の向上(What to make)
  2. 開発リーダーとしてのマネジメント能力の向上(How to lead)
  3. 新事業・新製品開発の提案
である。毎月2回、1泊2日ないしは2泊3日の研修を9ヶ月行い、最後に新事業発表会を行う。これまでに、多くの人材が育ち、新事業が生み出された。

6.これからのMOT教育への期待
「知」、「情」、「意」の真の総合力が必要である。知力だけではギスギスした人間関係しか作れない。幅広い知識だけではなく、T型、Π型といわれるように、様々な知識・技術を統合し、新たな価値創造へと活用できる人材が求められる。また、平均的ではない、トゲトゲした特長のある人が求められる。
企業は一人の会長、あるいは社長によって成り立つのではない。日立は30万人の同じ思いの所員の総合力によって成り立っている。所員すべての意思と能力が一つの方向、すなわち企業ビジョンである「技術を通じて社会に貢献する」に向うとき、大きなインパクトが実現する。技術経営の真髄はそこにある。

最後に好きな言葉をいくつか紹介したい。

  • 教師としてのラザフォードの最も際立った素質は、研究の方向を示し、後進の学者に力を貸してやり、成果を正しく評価する能力でした。弟子達の能力として、彼が最も高く評価したのは、思考の独自性、積極性、個性でした。(カピッツア、『科学・人間・組織』)
  • 諸民族の運動を生み出すのは権力ではない。知的活動ではない。それは、事件に参加し、常に事件に最大の直接参加するものが、最小の責任を負い、当然その逆も成り立つように編成される、すべての人々の行動である。(トルストイ、『戦争と平和』)

講演資料(PDFファイル:1,845K)

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